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学力テストのスコアアップは学校教育の本来の目的ではない

大阪市の吉村洋文市長による学校教育への不当な介入

日本の政令都市の中で、公表された小学校・中学校の学力テストの結果が最下位という順位だったことを受けて、大阪市の吉村洋文市長が、学力テストの結果を校長先生や教師の評価(報酬)に反映させると言い出して、猛反対の声が上がっています。そもそも子供の学力は学校の先生の良し悪しだけで決まるものではなく、むしろ子供が安心して勉強に取り組める家庭環境や教育環境かどうかに大きく依存しています。つまり、地域格差が学力の格差になっている部分が大きいのです。教育熱心な両親が多くすむ地域で子供たちが落ち着いて学んでいるような学校であれば、先生の良し悪しによらずに学力テストのスコアは高くなるのは自明です。児童・生徒が授業に積極的に参加しないような雰囲気の学校に配属されてしまえば、優秀な教師がどれほど熱意をもってがんばったとしても、学力テストの結果にただちにその努力が反映されることは期待しにくいでしょう。それにもかかわらず、テストの結果が給与に跳ね返ってくるのであれば、教師のモチベーションは著しく下がるはずです。

大阪市長提案 「学テ結果で教員評価」波紋 撤回求め署名 毎日新聞2018年8月17日 12時40分 最終更新 8月17日 13時56分
全国学力テストの結果を、教員の手当や人事評価に反映させるとした大阪市の吉村洋文市長の提案が波紋を広げている。平均正答率が20政令市中で最下位に低迷、「結果に対し、責任を負う制度にすべきだ」と訴えるが、専門家や市民は「あまりに短絡的」と猛反発。撤回を求める電子署名には、約1万5300筆(17日現在)が集まった。

「夜回り先生」で知られる水谷修・花園大客員教授は「大阪の子の学力の背景に家庭や貧困の問題があるのは明白だ。十分な対策を講じてきたと言うなら、その成果が上がっていないということだ」と怒りをあらわにし、市長との公開討論も求める。

繰り返されてきた学力テスト対策の愚行と結末

自分の評価、自分の学校の評価を下げないようにするために、教師らが学校ぐるみで学力テスト対策に走り、もっとひどい場合には、種々の不正行為に手を染めるというのが、過去に何度も繰り返されています。これはもう古今東西を問わず普遍的に起きることであり、大阪市長にはそういった歴史をきちんと学んでもらって、このような愚策は直ちに撤回してほしいものです。

大阪市長「学力テスト発言」が危険である根拠 日本は過去何度も同じ失敗を繰り返してきた 親野 智可等 : 教育評論家 2018/08/15 6:00 東洋経済 TOYOKEIZAI ONLINE

1961年から行われた全国一斉学力テストでは、テストの結果が全国の公立小中学校の教員の勤務評定に結び付けられるようになりました。… この結果、学力テストは社会問題と化し、世論の大いなる批判を浴びて1966年に中止になりました。…

足立区では、小学2年生から中学3年生までの全児童・生徒対象の学力テストを2005年から行っていましたが、ある小学校で試験中に校長や教師が机の間を回って間違った答えを見つけ、それを指差しして教えていたことが発覚しました。…

有名なのが、イギリスのサッチャー政権が推進した全国統一学力テストによる教育崩壊です。1988年に始まったこの学力テストにおいても結果が公表され、それを見て保護者は子どもの学校を選択するようになりました。 …

子供の成績を教師の査定に用いると教育が荒廃するというのは、過去の日本やイギリスだけでなく、アメリカでも例があるそうです。

勝間和代、大阪市の「学力テストの結果を教員の給与に反映させる」案に苦言 「米国では不正が横行、大失敗している」キャリコネニュース BLOGOS 2018年08月16日 07:00

8月13日放送の「バラいろダンディ」では、経済評論家の勝間和代さんがこの件に関し、「アメリカでまったく同じことをしてみたところ、大失敗している」と解説した。

この案に対して勝間さんは、「2000年の初め頃にアメリカでまったく同じことをやってみたんですよ」と解説する。カルフォルニア州やシカゴで、教員の成績をテストによって上下させたり、学校に対する補助金を与えようということをした結果、「大失敗したんですよ。どう失敗したのかは簡単で、不正が横行したんです」「要は先生たちが自分のボーナスを上げたり、自分がクビにならないために、子供たちの点数をわざと不正な方法で上げようとしたんです」と、アメリカでの失敗例を説いた。

リーダーとしての資質

前例がこれだけあるのに、歴史から学ばないのは愚かなことです。吉村市長は、学校の現場のことを「教育ムラの住人」呼ばわりしており、教員に対するリスペクトが全く感じられません。学校教育の成功例としてよくあげられる国、フィンランドでは、学校の先生の社会的なステイタスが非常に高く、医者、弁護士、教師が並ぶのだそうです。だからこそ、教師は自分の職業に誇りを持ち教育に情熱を注ぐことができるわけです。リーダーとしての資質が問われるのではないかと思います。

吉村洋文大阪市長の「聖域なき教育改革」から迸る「ダメ上司あるある」感
選挙ウォッチャーちだい HARBOR BUSINESS Online 2018.08.09

“中学生の英語力。大阪市は52.2%で全国5位。橋下市長時代から英語イノベーション事業を開始。市内全中学校にネイティヴを派遣。英語教材はフォニックスを採用。小学校の先生でも授業ができる仕組みを作り、僕の時代からは市内全小学校の低学年から英語に触れる授業を展開。”

これは今年4月、大阪市の中学生の英語力が全国5位だったという喜ばしいニュースを受け、吉村洋文さんがツイートしたものです。どうして中学生の英語力が上がったのか。もちろん、教えている先生方の創意工夫が素晴らしく、子どもたちの能力を伸ばしたからだと思いますが、吉村洋文さんは「橋下徹さんが市長だった時から英語イノベーション事業を開始し、英語教材にもこだわり、自分が小学校低学年から英語に触れる授業をしたから」だと主張しました。

要するに、良かった時には自分たちのお手柄だと言い、悪かった時には教師の能力が低いからだと言うのです。そう、これは皆さんのまわりにいる「クソみたいな上司」とまったく一緒です。そして、いつの時代もクソみたいな上司は責任を取らずにのさばり続け、結果を出すことはありません。なぜなら、部下のモチベーションを著しく下げるからです。

教育と政治

不当な政治的介入を許す現在の教育行政制度にも問題がありそうです。

「部活禁止」「学テ成績で教員評価」は政治支配強化の表れだ 前屋毅 | フリージャーナリスト 8/6(月) 10:38

教育委員会法が成立して教育委員会制度がスタートしたのは、1948年のことだった。その設置目的は、教育における地方自治と政治利用されることを避けるために首長から独立を実現するためだった。…

しかし早くも1956年には、「天下の悪法」とか「反動立法」とも批判されながら地方教育行政法(地方教育行政の組織及び運営に関する法律)が教育委員会法を廃止するかたちで成立している。これによって、文部省(現・文部科学省)の地方教育委員会の関与が強まった。教育の地方自治が揺らぎ、中央統制が強まったのだ。

さらに2014年には地方教育行政法が改正され、首長が教育長を直接任命できることになり、首長による教育への関与の可能性が広がった。

テストのための勉強は本末転倒

勉強した結果を確認するのがテストなのであり、テストのために勉強をするわけではありません。これが逆になってしまうと、無駄な努力をしていることになります。

余録 日々の授業が試験の点取りをめざせば… 毎日新聞2018年8月4日 東京朝刊
一箇の人間を養成するゆえんを忘れ、試験場一時の虚飾に備える

テストの点に振り回されると教師は教育の目的を忘れてしまうよという、戒めがすでに明治の時代に言われていたんですね。

テスト勉強の愚かさに関しては、別に日本に限った話ではなく、世界じゅうで議論しつくされてきたことです。

When the Tail Wags the Dog: Perceptions of Learning and Grade Orientation in, and by, Contemporary College Students and Faculty Howard R. Pollio and Hall P. Beck
The Journal of Higher Education Vol. 71, No. 1 (Jan. – Feb., 2000), pp. 84-102

Grades, rather than learning, becomes the primary objective of many students; the appearance of achievement becomes more important than the achievement itself.

大阪市長には歴史を学んでいただき、学力テストの結果を教員評価に使うという愚かな政策を早く撤回していただきたいものです。